世界の真実が見えてくる! 馬渕睦夫元大使の新番組スタート(万歳!)

世界に感謝される日本人
06 /23 2018
元ウクライナ・モルドバ大使の馬渕睦夫先生のインターネット新番組「ひとりがたり 馬渕睦夫」が始まりました。やった!! DHCテレビの大使の番組、「和の国の明日を造る」は本当の世界情勢を知った上で日本のことを考えるのに、私にとってとても参考になる番組でした。この番組がつい最近、終了して非常に残念に思っていたので、嬉しいです。

馬渕睦夫氏の論評を聞いていると、厳しい国際情勢の中の日本がどうすればいいか、私たち日本人が今、何をすればいいかをもう一度、考えさせてくれます。私が馬渕大使の論評を信頼できると思うのは、馬渕氏の話には必ず希望が持てるような内容が含まれていて、私たち一人一人が何をすればいいかを考えさせてくれる点です。巷の陰謀論や解説を聞いていると「もう世界(日本)はどうししようももないところまで来ているから、自分が何しても同じなんだ」というような無気力感というか絶望感に陥ることもありますが、そういう気持ちになると腐敗した勢力の思いのままになっているのと同じです。



以前、「何をすれば日本と世界の役に立つか」という記事で馬渕先生が視聴者からの「日々、厳しくなっている世界情勢の中、自分は何をすればいいか」という質問に対して、日本を良くするには「(12000年以上前から続いている稲作文化と日本経済の基盤である)お米を食べること」とおっしゃっていたことを書きました。自然の恵みを受け取って生きる地球上の生き物として、日本人としての「土台を固める」ことがいかに大切かを改めて考えさせてくれました。

アメリカが内戦状態であり、アメリカの国そのものを壊してでも腐敗を続けようとするこれまでの政権の背後にいた旧勢力と、せめて国の形は守っていこうというトランプ政権とのせめぎあいの中で、日本は「これからもアメリカに守ってもらえるんじゃないか」というような楽観はもうできない世界情勢です。国連も何万単位の職員が犯罪を犯し腐敗している中、私たちは「国連に何とかしてもらおう」などと思ってはいけないです。

そもそも、クリントン元大統領が北朝鮮の金正日と会談した際に、そもそも私たち日本人はアメリカと国連になんとかしてもらおうと思って、北朝鮮の核エネルギー開発を日本人の税金を使って、一旦韓国に回してから間接的に北朝鮮を援助したために、それが核兵器に転用されて、北朝鮮に核兵器で脅される羽目になっているのですからね。



それに、アメリカは北朝鮮とは「アメリカまで飛ばない核さえ無くしてくれたら、それでいいから(日本に届くヤツは、持っててもアメリカは困らないから、別にいっか」という約束をしている可能だってありますからね。いや、むしろその可能性の方が高いんじゃないですかね。アメリカでは、「恋ダンス」までして日本人の好感度アップを図ったケネディ大使をボーイングの取り締まり役に就任させて、日本にアメリカの戦闘機をガンガン売りまくるつもりですからね。

米朝会談は、アメリカにとっては成功だし、日本以外の国にとってはほぼ成功、と言って間違いないと思います。しかし、北朝鮮がアメリカの要求だけは相手は核があるし強いから従うけれど、核を持たない日本には違う態度をとることは予測できますよね。

昨年末、日本国内で日本人の北朝鮮の核攻撃に対する恐怖がマックスだった時、国際政治学者の藤井厳喜氏の「北朝鮮との戦争は起きない」という論評について書いたところ、このビデオがユーチューブ上で削除されていて、「戦争を起こしたい勢力にとっては、私たちにビビっていて欲しいんだろうな」と思いました。(言論弾圧を読み解く:「北朝鮮との戦争は起きない」というビデオが削除されるこちらの記事です)

しかし、1年前に藤井厳喜氏が予測した「北朝鮮主導で南北統一が行われ、韓国という国はなくなる」というのが、具体化しましたね。米朝会談で「朝鮮半島にひとつの平和体制を作る(A peace regine in Korean penninsula」という文言が含まれていましたからね。日本大手のマスコミは、意図的なのか、はたまた単にバカなのか分かりませんが、これを「北朝鮮に」と翻訳していました。原文に忠実に読むと、これは、「これから朝鮮半島に一つの国を作る」と言っているわけです。「統一」という言葉を使ってはいませんが、「ディス・イズ・ア・ペン」の「ア(一つの)」という言葉がここで使われたことがこれからの方向性を物語っているわけです。



まあ、今の韓国の政権は北朝鮮ラブみたいですからね。もうすでに北朝鮮と一緒になったような気がして気持ちが大きくなっているのか、早速、竹島沖で韓国が軍事演習をしたというのも、「なるほど」な気がしますね。韓国にとって北朝鮮が脅威でなくなれば、韓国にとっての次なる脅威は日本になる、ということで。

かなり前の藤井氏の予測が全て的中していますね。
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「ありのままでいい」が日本人が立ち上がり、進化することを阻む

世界に感謝される日本人
05 /16 2018
2017年08月13日(日)

先日、ネットサーフィンをしていて、アナ雪で流行した言葉「ありのまま」というのは、「(あくせく奴隷のように働く)蟻のまま」の意味でもあり、日本人の覚醒を阻んで隷属させ続ける言葉である、ということを書いている方の言葉を読んでハッとしました。こちらの記事です。

「Let it go」は日本人覚醒封印ソング?」
https://plus.google.com/110783017519913600743/posts/FhJdr8jFGnN

アリの写真

最近、縄文時代から稲作を続けてきた我々日本人に脈々と伝わる美徳について知るようになってから、私たちの本来の性質は、みんなと助け合うことであり、努力することであり、仕事を尊いものとして捉える心であり、創意工夫することであると気づくようになりました。また、昔から日本人は、感謝することや「報恩(恩返し)」を信条としていました。

しかし、戦後のGHQ主導の日教組教育によって私たち日本人は知らず知らずのうちに自信を失い、罪悪感を植えつけられ、漠然とではあるけど「ありのまま」の自分は何か悪いところがあるんじゃないか、カルマが深いんじゃないかと思って、自己評価の低い人間が普通になってしまったのです。そこで、「理想のタイプの男性は?」と聞かれると「ありのままの自分を愛してくれる人」などと答えてしまう現代人が増えてしまったのでしょう。

冷静な頭を持っていれば、「ありのまま(素)の自分」を愛するということは、両親が赤ちゃんを愛するというようなことを指すのが分かります。赤ちゃんが泣こうがおもらしをしようが、両親の愛は無条件であり、変わりはないわけですよね。「泣いたから、もう愛さない」などということがない。

「ありのまま(本質、魂)の自分」を認めてもらおう、愛してもらおう、というなら、私たち自身がまず自分の本質や魂の真価を知って、愛せなくては話になりません。自分自身で「大したことがない。ゴミだ」と思っているものを他人が「これは素晴らしい、愛おしい」と思ってくれることはなかなかないからです。



美輪明宏さんが「ありのままの自分を愛して欲しい」だなんて「なんて怠け者で図々しいのでしょう。泥のついた大根を食べろと言っているのと同じこと」と仰っているのを聞いたことがあります。

確かに、これは「自分は何も努力しないけど、愛情だけは先にちょうだい」という極めて一方的な「私を赤ちゃんのように無条件で愛してください」という幼稚な考え方であるのです。

昔の日本人が「報恩(恩返し)」や「親孝行」、つまり愛を相手にお返しすることを第一に考えていたのと、正反対ですよね。

昔の人は、「母ちゃんのためな〜ら、エンヤコーラ」などと、「愛する人のためなら、こんな努力(や苦労)も苦にならないよ〜」と歌って(唱えて)いたのですから。



「ありのまま(このまま)」は、「現状維持」という意味も持っていますが、「ありのままがいい! ありのまま最高!」と唱えることは、「現状維持、最高! 現状維持で上等!」と言っていることであり、私たちの進化や進歩を阻むものにもなりえます。「現状維持」のみを目指して、向上心や目標を持たないことは、「奴隷根性」の証でもあります。

例えば…。

・給料がず〜と今のままでいいのでしょうか? いや、ありのままじゃ嫌だ!
・ムダ毛はボーボーのままでいいのでしょうか? いや、それじゃモテない!
・日本は、このまま総理大臣がアメリカの要請で建国記念日に2年連続で外国に滞在し、日本を留守にしなければならないアメリカの属国みたいな国でいいのでしょうか? いや、蟻のままは嫌だ! 
・日本は、世界に「変態」と誤解されたままでいいのでしょうか? いや、ありのままじゃ嫌だ!

愛をまず受けることを先に考えてしまう私たち現代人は、昔の日本人が「報恩(恩返し)」や「親孝行」、つまり愛を相手にお返しすることを第一に考えていたように、相手に与えることや、より良い自分になる「努力」を始めることで本来日本人が持っていたパワーを発揮できるようになるはずなのです。

日本は「人種差別撤廃」を国際会議で主張した世界初の国

世界に感謝される日本人
03 /11 2018
日本が世界に誇れることは、実はたくさんあります。

第一次世界大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会で、大日本帝国の牧野伸顕次席全権大使は「人種差別を撤廃するべきだ」と主張しました。

日本は「人種差別撤廃」を国際会議で主張した世界初の国


なのです。

牧野伸顕

当時、アメリカに移住した日本人がアメリカの排日政策によって迫害されていました。当時、海外移民した日本人は非常に勤勉で長時間働く上に、優秀で成果を出していたため、アメリカの白人たちは「このままでは、自分たちの仕事や地位を奪われる」という危惧感を感じたのです。 また、国際連盟の中核となる白人中心国家から、人種的偏見により日本の存続を脅かされる可能性が危惧されていました。

その後、会議に参加した多くの国の代表がこの提案に賛成し、イタリアやフランスなどの植民地所有国も賛成しましたが、アメリカやイギリスなどの植民地を数多く持ち、その利権を手放したくなかった国は猛反発しました。

採決が行なわれると、賛成11、反対5となって人種差別撤廃法案は圧倒的多数で支持されて、正当な主張とされましたが、議長のアメリカ大統領トーマス・ウィルソンが、「全会一致を見なかった」として法案は不採決と宣言。ほぼ強制的に否決されてしまいました。

その後、アメリカ国内では、この提案に反対したアメリカ大統領やアメリカ政府に激怒した黒人による暴動事件やそれに関連した白人による有色人種への暴行などの人種闘争事件が起きました。

その後、日本の提案は、白人を中心とした世界秩序を混乱させる「危険思想」であると受け取られ、アメリカやイギリスなどの植民地利権の国々から敵視され、禁輸や経済封鎖を受け、それが戦争へと繋がっていきます。

GHQの戦後の言論弾圧によって、「大東亜戦争」という言葉を使うことを日本人は禁止されてきました。「白人によるアジアの植民地解放と人種差別の撤廃という大義がある戦争であった」ということを隠すために他なりません。

日本人が近代以前にすでに奴隷制度や人種差別を嫌っていたことは、江戸時代中期に日本に来たスウェーデンの医学者で植物学者のツュンベリー博士も以下のような記述を残しています。
日本人は、オランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いをきらい、憎悪を抱いている。日本人は、身分の高低を問わず、法律によって自由と権利は守られていて…。

ツュンベリーの記録――江戸参府随行記(オロモルフ)



また、古代の日本では蜂子皇子(はちこおうじ)という聖徳太子のいとことされる人物の肌が黒かったことが描かれており、高貴な身分とされる人物に肌の黒かった人もいた可能性が高いのです。(現代の日本人は海外に住んで、日本人は自分が有色人種のカテゴリーに入れられることに初めて気づくのですが、戦前の日本人は有色人種であることを自覚していたと思われます)

蜂子皇子

また、日本人の多民族ルーツを探る「天孫人種六千年史の研究」というGHQによって焚書にされた本は昭和11年以降に100万部近い超ベストセラーになり、帝国陸軍大学と陸軍士官学校の課外読本に採用されていたことが分かっており、戦前の日本人は、日本人がいろいろな民族が一つになった民族だと知っていたことを物語っています。

戦時中の日本人は何のために自分たちが戦っていたか知っていましたが、現代の私たちはどうでしょうか。

歴史家のトインビーは、日本人の功績についてこう述べています。

「第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって恩恵があった国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。

その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。

日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」

(1956年10月28日/イギリス紙「オブザーバー)



戦後、アジアやアフリカの国々は、日本の姿を見て立ち上がり、次々と独立を勝ち取っていきました。

現在でも、日本に感謝を述べる国々が多いのは、戦後にODAでお金をあげたからだけではありません。「独立の気概」は、お金では買えないものなのですから。

西洋社会における「人種差別」の根幹にあるのは、「有色人種は人間以下である。だから、人間(白人)と同じ権利を持たないのは当然である」という考え方から来ています。これは、有色人種である私たち日本人には、とても衝撃的で信じられないような考え方かもしれません。しかし、事実から目を逸らしてはいけません。

西欧世界での人種差別の証拠2

西洋社会では、過去にこうやって顔とアゴ、鼻などの位置を計測して、「サル度」というか「非人間度」のようなものを測定していたのです。これが、差別の根底にあるのです。以下の図は、「黒人とヨーロッパ人とオラウータンの横顔」という題名のイラストです。ヨーロッパの白人は、こうやって「自分たちは神に似せて作られた人間である」と聖書の記述を根拠にして自分たちの優位を証明し、有色人種が「人間以下」であり、むしろ「進化の過程で一段下にいる動物に近い」という理論を打ち立てていたのです。

西欧世界での人種差別の証拠

私たち日本人が西欧社会が有色人種の人々を皆殺しにしたり、奴隷にしたりした歴史を知る時、「どうしてあんなに残虐になれるのだろうか」と衝撃を覚えますが、それは私たちがこの根底にある考え方を知らないからです。現代の私たちが牛や豚を殺しても何の良心の呵責も感じないのと同じです。「下等な動物は、生物として進化の過程でトップにある人間と同じ扱いをする必要はない」と感じるからです。

この見方は、実は西欧社会では今でも「美人の基準」として存在します。「美人の黄金比」について調べると分かると思いますが、西洋では鼻の頭とアゴの先を一直線で結んだ時に、口のあたりが前に出ていない人が「美しい」とされています。日本のテレビで以前、「美人の黄金比」についてやっていたのをユーチューブで見たことがありますが、タレントのローラさんは、この条件に当てはまっていました。

非常に身近なところで言いますと、私は若い頃、英語圏の国でホームステイをしながら昼間は学校で講習を受けるということをしたことがあります。そのとき、一緒にプログラムに大勢の日本人の女子が参加しました。大人は「あの子が可愛い」などということは、表では言いませんが、ホームステイ先の現地の幼稚園生から小学校低学年くらいの女の子たちの間で「日本人の中で誰が一番可愛いか」ということで盛り上がっていたのです。すると、日本では「アゴが出すぎている」ために、いわゆる「しゃくれ顔」と言われる女の子が「あのコが一番可愛い」と言っていました。日本では、あまり「可愛い」と思われるタイプではなかったと思います。つまり、その女の子は「黄金比」に合致していて、西洋人から見ると「サル度が低い」とみなされた訳なのです。

この事実は、私たち日本人にとってはショックなことかもしれませんが、常に覚えておかなくてはいけないと思います。日本がなぜ、圧倒的に強い列強の西欧諸国を相手に戦争をしなければならなかったのかは、ここにあります。

■パリ講話会議にて、牧野伸顕次席全権大使による人種差別撤廃提案
http://dic.pixiv.net/a/人種的差別撤廃提案

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GHQが洗脳出来なかった日本の心

ネパールで最高栄誉勲章を受けた日本人、近藤亨

世界に感謝される日本人
12 /24 2017

2016年10月14日(金) 

この記事は、以前に違うブログで公開した古い記事ですが、なぜかその記事が真っ白になって表示されないことがあるので、再掲載します。このように何の問題もなく、政治的な内容でもない記事に言論統制がかるのはおかしいですね。どうも、日本人が日本人を誇らしいと思ってほしくない勢力からの圧力があったようです。



近年でも、世界の人々から感謝される偉大な日本人がたくさんいらっしゃるというのは、本当に誇らしいことです。

今年お亡くなりになった農学の近藤亨(こんどう・とおる)氏(1921年~2016年)は、長年にわたってネパールの農業振興に携わり、不毛な高地でそれまで不可能と思われていた稲作やフルーツ栽培を成功させ、地元のミラクルな発展に貢献されました。

この方の人生がすごい。

以前は、この記事に複数のビデオを貼り付けていたのですが、なぜかスパイウエアも一緒についてくるようなので、控えます。



50代の時に、国際協力事業団(JICA)から果樹栽培専門家としてネパールに派遣され、その後もネパールに滞在されました。定年を迎えて、近藤さんは日本に一時帰国されるのですが、なんと70歳で再びネパールのムスタンという場所へ向かいます。

70歳ですよ。

ヒマラヤ山脈の北側にあるムスタンは、標高3000メートル以上の山岳地帯にあり、高冷地にして超乾燥地帯という、農業には世界一不向きとされる場所。現地の人たちは、飢えと寒さに苦しんでいました。アメリカの自然保護団体が5年かけ植林を試みたり、ネパール政府も農業振興に取り組みますが、失敗に終わったという場所でした。

この決断にはご家族も驚き、ご友人も「奥さん娘さんと一緒に人並みな家族生活を営んだらどうか」と迫るのですが、近藤さんの決心は変わりません。



ムスタンでの活動費の捻出に、先祖伝来の家や山林まで手放します。近藤さんの崇高な目的を受け入れ、応援されたご家族もすごい。

富士山よりも高い場所で稲作を成功させるために工夫に工夫を重ねる近藤氏。

また、地元の食糧事情の向上のために食用に鯉の養殖を開始したり、リンゴの栽培を成功させます。90代になっても精力的に地元の方々を助け続けた近藤さん。

成功するまで「決してあきらめない」近藤さんの精神は、まさに本来の「やまとだましい」ではないでしょうか。

■近藤亨(こんどう・とおる)
日本の農学者
著書「ネパール・ムスタン物語」、「夢に生きる」、「ムスタンへの旅立ち」など多数。 

「負けても尊敬される」世界でも稀な日本の精神

世界に感謝される日本人
12 /24 2017
日本人にとって、当たり前のことが世界の人々にとっては、本当に驚くようなことだという事実はたくさんあります。

その一つが、日本では「負けても後世の人々から愛され、尊敬される」ということ。これは、私たちにはあまりピンと来ないかもしれませんが、海外から来た人には驚きの事実なのです。

例えば、垂仁天皇の命で行われた日本で記録に残っている最初の「相撲」。(本当の日本初の相撲の起源と言えるのは、国譲りの逸話ですが)



戦ったのは、相撲の祖だと伝えられる野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや、タエマクエハヤ)。

野見宿禰は出雲の国の出身で、宇迦都久怒の子で古事記に登場する天穂日命(アメノホヒ)の子孫だと伝えられています。当麻蹴速は、大和国の当麻邑(たいまのむら)に住んでいて、蹴り技の名手であったと言われています。

Sumo.png

この戦いによって、蹴速は腰を折って負け、野見宿禰は蹴速が持っていた現在の奈良県葛城市にある大和の国当麻の地を与えられました。勝ったほうの野見宿禰は、全国各地の野見神社、奈良県の穴師坐兵主神社、鳥取県の大野見宿禰命神社、神魂神社、大阪の片埜神社などに祀られています。

勝ったほうがいつまでも尊敬され、祀られるのは分かりますよね。これは、外国人でもわかるようです。

Sumo2.png

しかし、ここからが日本人のすごいところなのです。

それは、負けたほうの当麻蹴速も、きちんと祀られ、現在でも親しまれていることです。

穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)の摂社である「相撲神社」には、当麻蹴速(たいまのけはや)が、野見宿禰と一緒に祀られています。敵と味方が同じ場所で大切に祀られているというのが、とても日本人的な考え方なのです。

奈良県葛城市當麻には、相撲館があり、その横には「蹴速塚」(上の写真を参照)である五輪塔が現在でも残っています。相撲館の名前は「けはや座」。負けた蹴速(けはや)の名前が今でも親しまれているのです。元々は地元の人だったということもありますが、負けても尊敬され続け、決して葬り去られて歴史から消されてしまうということがない。

日本人には、「勝ち負けが全て」とか「どんなに汚い手を使っても、結果がすべて」、という思想がない。

世界の歴史を見て見ると、「歴史は勝者によって書かれる」と言われているように、戦って滅ぼされた人たちや負けた人たちの墓などが引き継がれることがほとんどなく、歴史の闇に葬られてきたと言っても過言ではありません。

他の国々では、負けた人たちの墓や塚などがほとんど残っていないだけでなく、残っていたとしても名前が引き継がれ、現在も尊敬されて愛され続け、語り継がれることがほとんどない、というのが悲しい世界での現実です。

例えば、古代ローマに滅ぼされたフェニキア人の国、カルタゴなどがありましたが、負けた方の記録はほぼ焚書となってしまい、今では古代フェニキア人がどんな民族でどんな文化を持っていたかさえも、記録があまり残っていないので、あまりわかっていません。また、アメリカ先住民の文化などについても、白人に征服されてしまいましたが、かなり記録が失われてしまっていますね。

その点において、勝ったほうも負けたほうも、歴史に残り、語り継がれるという日本人の精神は類い稀なものだと言わざるを得ません。

「蹴速塚(けはやづか)」には、このような案内文が書いてあります。

「勝者、必ずしも優ならず。
ときには勝機や時運に恵まれず、敗者とな ることもある。

勝者に拍手をおくるのはよい、だが敗者にもいっきくの涙を
そそぐべきではないか」

「蹴速塚(けはやづか)」



勝ち負けだけではなく、その人の生前の行いや努力、能力や人格を全面否定せずに評価する、というのが日本人の真髄だといえます。そんなところにも、現在の私たちの中に日本の「和」の精神が脈々と息づいているのです。

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何をすれば世界と日本の役に立つか

日本人は、織田信長の時代も黒人を差別しなかった!

世界に感謝される日本人
12 /09 2017
日本人は、大昔から人種差別をしませんでした。

海を通じて行ったり来たりしていた南方系の人々が混血して縄文人となり、弥生時代に大陸からも大勢の渡来人がやってきて混血し、日本人となっていきました。詳しくは、「日本はもともと多民族国家、日本が単一民族国家というGHQ洗脳を解く」という過去記事を見てくださいね。

天孫人種6千年の歴史

聖徳太子の時代には、「蜂子皇子(はちこのみこ)」という聖徳太子のいとこではないかとされている親戚の皇子の肌が真っ黒に描かれており、肌の黒い熱帯地域からの渡来人の混血ではなかったかとも言われています。

蜂子皇子

現在の日本人の中にも、ハーフでもない生粋の日本人なのに髪が黒人のようにチリチリの人がいたり、驚くほど色黒な人や色白な人がいるのは、大昔にいろいろな民族が日本に来ていて、私たちも一部その遺伝子を引き継いでいる証拠です。

ササン朝ペルシャの末裔

■ペルシャ絨毯共同組合サイト
http://www.carpet-association.jp/column/110104.html

織田信長の時代には、「弥助(やすけ)」という名前のコンゴから来たと思われる黒人奴隷を信長が譲り受け、武士の身分を与えて正式な家臣としました。当然、他の武士と同じような扱いをしました。当然、同じ人間として扱っていたわけです。そして、能力が優れていたため、弥助に武士の位を与えて優遇しました。

これは、当時の西欧世界の常識からは、考えられないことでした。当時の白人にとって、日本人を含む有色人種は、人間とサルの間の動物を見なしたため、奴隷のような扱いをしても西洋人は罪悪感を持つことはなかったのです。遊牧民など動物を飼うことが生きていく上で欠かせない人たちにとって、「少し人間に近い動物を飼っている」というような感覚に近かったのではないでしょうか。

江戸時代中期に日本に来たスウェーデンの医学者で植物学者のツュンベリー博士は、
当時の日本人が奴隷売買などを忌み嫌っていた事実について、以下のように述べました。


日本人は、オランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いをきらい、憎悪を抱いている。日本人は、身分の高低を問わず、法律によって自由と権利は守られていて…。

ツュンベリーの記録――江戸参府随行記(オロモルフ)



1919年のパリ講和会議で日本の代表は国際会議で初めて「人種差別撤廃」を訴えます。残念ながら、欧米が有色人種の国々と人々に対して人種差別を国家の政策として行っていた当時、日本人の提案は結果的に覆されてしまいました。

有色人種が差別され奴隷化されていた時代に、日本人は有色人種でありながらも自主的に文明化を進めて西洋文化からの遅れを取り戻すべく努力したのは、他のアフリカやアジア諸国のような植民地化と奴隷化を防ぐためでした。聖徳太子のもと、「和をもって尊しとなす」を国是としていた日本人こそ、その精神を国際社会に向けて発言していくべきではないでしょうか。

過去記事
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日本人にとって、一番のラッキーアイテムとは?

世界に感謝される日本人
12 /09 2017

日本人にとって一番万能のラッキーアイテムがあるとしたら、それはなんでしょうか。

風水などで、よく金色や金そのもの(黄金)を好む方々もいらっしゃいます。トランプ大統領も、大統領執務室のカーテンは金色です。日本で何年も納税額一位を誇った斎藤一人さんも、「金無垢のローレックスをつけろ」というアドバイスをしていました「黄金」は、古代の天皇(大王、おおきみ)など、高貴な方々の埋葬品として出土しています。

しかし、その天皇陛下さえも、日本では古来より一番大切になさってきたものといえば、「おおみたから」と呼んだ「人々(国民)」です。そして、何か人以外の「もの」で一番大切にされてきたのは縄文時代から稲作と共に続いてきた米でした。

日本では、今から6000年前の遺跡から、稲作が行われていた証拠であるプラントオパール(米の痕跡)も発見されています。また、鹿児島では、12000年前のものが発見されています。伝統的に日本人にとっての「人」以外の財産といえば、「米」でした。「米」はお金のように機能して、納税なども「米俵」を使った時代が続きました。

お米と稲作は、日本と日本人にとって、助け合いの精神を象徴する文明の土台であり、祭祀という精神文化の中心であり、経済の基本であり、食べ物でもあり、健康と長寿の礎であり、国力を養う根本であると言えます。

田植え

そして、昔から「米粒一つ一つに神が宿っている」と言われてきたように、現代の私たちの意識の中にその価値観があります。

よく「一番の開運法は感謝することであり、自分が感謝のエネルギーで満たされることだ」と言います。もしも、すべての人々やことがら、そのプロセスに感謝することが出来れば、それは一番強力な開運法になるでしょう。

では、「具体的に何に対する感謝をどうやって始めたら良いのか」を考えたときに、自分の身体と家族と大地と祖国と地球を繋いでくれる「お米」こそ日本人にとって、一番身近なものではないでしょうか。

お米を頂くことに感謝する時、このたった一つの行為によって、私たちは幾重にも私たちを支えて育んできたものとの繋がりを再確認するとともに、感謝を重ねているのです。

稲穂と民家


稲を育んでくれた太陽と大地(祖国)への感謝
稲作を縄文の昔から絶えることなく引き継いでくださったご先祖さまへの感謝
お米を育ててくださった農家の方々への感謝
精米して下さった方々への感謝
運んで下さった方々への感謝
お箸お茶碗を作ってくださった方々への感謝
お米を買ってごはんを炊いてくれた両親への感謝
ごはんを美味しく頂いて消化できる自分の身体への感謝などなど…



すべてが繋がっていて、すべてがありがたい‼️

その「すべてがありがたい」という気持ちを表すのに私たち日本人は「お米の一粒一粒に神様が宿ってる」という表現を使ってきたのでしょう。昔から日本では、食事は「神事」とされてきました。国学者の本居宣長は、以下のような和歌を詠んでいます。

味(たな)つもの百(もも)の木草も天照(あまてら)す
日(ひ)の大神(おおかみ)の恵(めぐみ)得てこそ

美味しく味わうもの、頂くすべてのものも
私たち日本人の祖先であり、天皇のご先祖である
天照大神(あまてらすおおみかみ)
太陽の神様のおかげです

本居宣長の和歌



お米を食べるだけで、シンボリックに一粒一粒、その繋がりを強化し、自然と大地と先祖と自分をつなぐ神聖なエネルギーを取り入れているのですから、自分の中の「神性」がアップしているということになります。ですから、米は、日本人のパワーを最大限に引き出すアイテムなのです。

お米の中でも、平成元年の1989年にコシヒカリが突然変異で出現した新種の「イセヒカリ」という伊勢神宮の神田で発見されたお米は「奇跡のお米」として知られています。「食味値(おいしさの値)」が通常よりも高く栽培しやすいこのお米は、現在、伊勢神宮に捧げるお米(御神米)として奉納されています。

「お米の発酵水」で掃除をしたり、コスメとしても使われています。お米から成分を抽出したライス○○○というようなコスメや日本酒ブランドがプロデュースしているコスメも、日本人の肌に合っているのか大ヒットしています。

そして、日本人はやはりお米を食べた方が痩せる。また、日本人はお米を食べた方が精神的にも安定すると言われています。「お米を食べるだけでこんなにやせた」という本をみてくださいね。

西洋人向けの研究に基づいたダイエットは有害で、日本人はむしろ米を食べた方が健康になることも判明しています。「米と糖尿病 日本人は炭水化物(糖質)を制限してはならない」という本を参照してください。


米が原料である「塩麹」や「甘酒」が流行しているのも、偶然ではありません。そして、米を包んでいる皮の部分である「米ぬか」も有効利用できます。

12000年以上の前にすでに日本で行われていた稲作について知ることは、日本人の真髄を知ることであり、米に感謝して食べることは私たちの神性を呼び覚ますウルトラ開運アクションであるということです。

「麺類(遺伝子組換えの輸入小麦で作った)を食べると運が良くなる」などという大陸由来の洗脳には騙されないでください(笑)。

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アメリカ西海岸に住んでいます。海外に住んでみたら日本がもっともっと好きになりました。2016年からやっていたアメブロのサイトがサイバー攻撃で閲覧できないページが多くなったので、こちらに引っ越してきました。リンクフリー、コピペフリー、拡散OKです。ただし、記事内の参考文献や根拠とした画像や過去記事へのリンクも一緒に入れてくださるようお願いします。