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昔の日本人女性は自信を持っていた! 貶められた日本人女性像

海外生活、英語、英会話
12 /09 2017

欧米人の間でよく言われる「日本人女性は虐げられている」というのは、戦後のGHQによって刷り込まれたプロパガンダではないかと思うようになりました。現代の日本人にとって、特に「日本には女性差別がある! 虐げられている」というのはごく限られた人の意見だと思います。日本では6割以上の家庭で家計を動かすのは女性であり、「かかあ天下」という言葉にもあるように、女性が組織的に虐げられていると考える人はほとんどいません。

しかし、なぜかアメリカを始めとする西欧社会からは、やたらと「日本人は女性を虐げている」という言葉を聞くのです。国連からも非礼極まりない勧告がいくつも出されたことがありました。また、ヨーロッパの方たちからは私は直接言われたことがないのですが、アメリカ人からはしきりに、個人的に「日本人女性は貶められているから、態度が卑屈になっている。男の後を三歩下がって歩くとか、そういう自信のない態度は魅力がない」というようなことを繰り返し聞かされたことがあります。私自身は、目上の方々などに普通に礼儀正しくしていただけだったのですが…。直接いわれたことがある日本人は少ないかもしれませんが、日本に行った英語圏の人たちは必ず、そう言います。

そこで、西欧人が「女性差別」という時に、一体、何を意味しているのか、いろいろと考えてみました。

幕末や明治時代に日本に来た西洋人が、「日本人の男は女よりも先に歩く」というのがレディ・ファーストの西洋人には目に付いたようで、後に「日本における女性蔑視」の根拠の一つになったようです。しかし、レディ・ファーストというのは、騎士道から始まったものです。西洋の騎士が自分の先に女性を歩かせて自分がその後をついていくのは、後ろから敵がやってくるかもしれないことを想定して女性を先に行かせて逃げてもらう、という戦略であると言えます。

しかし、日本の武士の考え方は正反対であり、自分が敵の前に盾となって立ちはだかり、女性を後ろに持ってきて守ります。ですから、男が先を歩くのは、いざとなったら、女性には反対方向に向かって逃げてもらおう、というところから始まったのだろうと思います。

ですから、日本人の視点では、「未知のものがある場所や敵がいるかもしれないところに先に女性を行かせる西洋のレディ・ファーストって、女を先に殺してもらっていいから自分は助かろう、っていう虐待じゃない?」という見方もできるのですけれどね。おそらく、西洋の考えでは「敵は後ろから来る」という思い込みがあるので、女性を後ろに持ってくる日本人は「女性を虐げている」と見なしたのではないでしょうか。

西欧社会における組織的な女性差別と虐殺として代表的なものに、主に中世15世紀のキリスト教(カトリック教会、ローマ教皇)の指示による「魔女裁判」という制度がありました。これは、単にキリスト教以外の土着の神々を信じた人たちの弾圧だけではなく、教会による資産の収奪がもう一つの大きな目的でした。アメリカでは、1600年代に、セーラムの魔女裁判が行われました。

以前、アメリカ人の女性と話していた時に、「私たちのようなヨーロッパ系の女性というのは長い間、強い女性や漢方や民間療法、産婆の心得のある女性たちが宗教弾圧の名の下に殺されてきたので、男社会に対して声を上げないような従順な女の遺伝子を主に受け継いでるんですよ」と語ってくれたことがあります。私は、「アメリカ人女性は強い」と思い込んでいたので、「え〜?! では、今のアメリカ人女性はどうして強いんでしょうか」と聞いてみたところ、「それは、歴史的に強い女や知識を持った女たちが弾圧されてきた反動だと思うわよ」と仰っていました。

それに比べると、日本人の女性は「バテレン追放令」と「キリシタン禁止令」で奴隷商人と結託したキリスト教を駆逐する前の織田信長と豊富秀吉の時代に、一部が奴隷として売買されたことはあり、貧しい村では子供を売る親もいたかもしれませんが、「魔女裁判」のような組織的な過酷な虐殺と財産の収奪などは行われませんでした。どうも、西欧人が日本人を見て過剰に「日本人は、女性を差別している」と騒ぎ立てるのは、自分たちの過去の行いの残虐さを勝手に日本人に投影して濡れ衣を着せているのではないかと思われるのです。

幕末から明治の日本に来た外国人が日本人女性の地位について書いたものを読むと、当時の日本人女性が社会で尊重されていたことがはっきりとわかります。以下は、長崎の海軍伝習所の教官団長であったオランダの海軍軍人のカッテンディーケ(1816~1866) が日本人の女性について書いた一文です。

日本では女性は、ほかの東洋諸国と違って、一般にとても丁寧に扱われ、女性の当然受けるべき名誉を与えられている。もっとも女性は、ヨーロッパの夫人のように、余りでしゃばらない。そうして男よりも一段へり下った立場に甘んじ、夫婦連れの時でさえ、われわれがヨーロッパで見馴れているような調子で振る舞うようなことは決してない。しかし、決して女性は軽蔑されていない。

カッテンディーケ「長崎海軍伝習所の日々」




そして、明治時代に来日したアメリア人の牧師で東洋学者であったウィリアム・グリフィス (1843~1928) も、日本人の女性が尊厳と自信を持っていると語っています。

アジア的な生活様式の研究者は、日本に来ると、他の国と比べて日本の女性の地位に大いに満足する。ここでは女性が東洋の他の国で観察される地位よりもずっと尊敬と思いやりで遇せられているのがわかる。日本の女性はより大きな自由を許されていて、そのためより多くの尊厳と自信を持っている

グリフィス「明治日本体験記」



さらに、日本に開国を迫ったペリーも、当時の日本人女性が「比較的高い尊敬を受けているために、品位を自覚している」と述べています。

日本の社会には、ほかの東洋諸国の人々に勝る日本人の美点を明かに示す一つの特質がある。それは女が伴侶と認められていて、単なる奴隷として待遇されてはいないことだ。女の地位が、キリスト教法規の影響下にある諸国におけるのと同様な高さではないが、日本人の母や妻、娘は、シナの女のように家畜でも家内奴隷でもなく、トルコのハーレムの女のように淫楽のために買い入れられるものでもない。

既婚婦人が常に厭わしいお歯黒をしていることを除けば、日本女性の容姿は悪くない。若い娘は容姿が良く、どちらかというと美しく、立居振舞はとても活発で自主している。それは彼女たちが比較的高い尊敬をうけているために生じる品位の自覚からくるものである。

M・C・ペリー「日本遠征記」



そして、江戸時代中期に日本に来たスウェーデンの医学者で植物学者のツュンベリー博士は、当時の日本人女性が「自由に外出できる」と述べていました。

日本は一夫一婦制である。また中国のように夫人を家に閉じこめておくようなことはなく、男性と同席したり自由に外出することができるので、路上や家のなかでこの国の女性を観察することは、私にとって難しいことではなかった

ツュンベリー博士



日本には、縄文時代の女性が使ったと思われる漆塗りの櫛が出土したことからも、大昔から女性が着飾ることを許され、大切にされていた歴史があります。(「櫛」は、古事記の中でスサノオノミコトが妻となったイナダ姫を一時、櫛に変えて身につけて守ったという話にあるように、古代の男性が女性に求婚のために贈ったのではないかとも言われています。)

また、平安時代にすでに紫式部や清少納言、泉式部のような女流作家が存在しました。アメリカやイギリスで、オルコットやバージニア・ウルフ、エミリー・ディキンソンなどの女流作家が出てきたのは、1800年代に入ってからです。

近年行われたアンケートでは、過半数の日本人女性が「生まれ変わるとしたら、また日本人女性に生まれ変わりたい」と回答したと結果が出ているそうですが、これも日本人の女性であることに「満足している」ということを物語っています。欧米人が指摘するように日本の女性が虐げられていれば、「もう二度と日本人女性に生まれたくない」と思うはずです。

欧米と日本を比べること自体が比べようもないことなのですが、私たちはもっと、日本人女性が古来、伝統的に大切にされてきたことや現代の日本人女性が比較的満足していること、「主婦になることも選択できて、仕事を持つ選択もできて、自由を持っていること」(注:アメリカなどには専業主婦という言葉自体がなく、仕事をしない主婦は存在はしますが見下され、夫からお小遣いをもらわなければならないので、現実的にはその自由がほぼありません)などを発信していかなくてはなりませんね。
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コメント

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「昔は良かった」ばかりで現在の男女の賃金格差や女性政治家の少なさ、連日報道されるセクハラと性犯罪に言及しておらず、正直主観的としか言えない記事ですね。
医大受験では女子生徒が減点される差別を受けています。

Re: タイトルなし

すいません。何年か前に書いた記事を再掲載したものなので、最近のことが書いてませんw

私の記事はすべて主観的です。海外にいるので、今日本で起きていることもニュースとして概要は知っていますが、論評できるほど知らなかったり、思い入れがなかったりすることも多いです。何度も言ってますが、面白くない、不快だと思うなら、読まないでください。


> 「昔は良かった」ばかりで現在の男女の賃金格差や女性政治家の少なさ、連日報道されるセクハラと性犯罪に言及しておらず、正直主観的としか言えない記事ですね。
> 医大受験では女子生徒が減点される差別を受けています。

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