FC2ブログ

酒に強いDNAを持つ縄文人、酒造りは縄文時代に行われていた!

世界最古の縄文文明
12 /09 2017
近年、科学の進歩によって炭素年代測定というものができるようになり、縄文時代前期である12000年前のプラントオパールが出土したことから、日本で縄文時代前期にすでに稲作が行われていたことが分かっています。

稲穂と民家

プラントオパール

■九州大学 九州先史時代遺跡出土種子の年代的検討(平成14年度研究 プロジェクト報告)
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/2462/1/KJ00000697267.pdf#search=%27



これまで、「狩猟採集民は酒を持たない」という通説から、「縄文時代には酒がなかった」とされてきました。しかし、縄文時代中期の遺跡からぶどうの種がついた酒壺らしきものが出土して、それが覆されました。また、縄文時代前期の遺跡から酒の材料となるコメの痕跡が大量に発見されたことから、古くから日本酒も作っていた可能性も否定できなくなりました。

さらに、近年の遺伝子学によって、日本に古くから住み着いていた縄文時代の日本人の遺伝子を多く受け付いでいる人は、お酒に強いDNAを持っていて、弥生時代に大陸から渡来した人々の遺伝子を多く受け継ぐ人に下戸の遺伝子が多いことが判明しました。

お酒が強い遺伝子
http://www.nta.go.jp/tokyo/shiraberu/sake/seminar/h19/02/02.htm

これは、お酒に含まれるアルコールを分解する酵素の活性遺伝子の型を分析した研究によるもので、日本人が受け継いでいる同じモンゴル系の遺伝子でも、旧モンゴル系と新モンゴル系があり、新モンゴル系の弥生人の遺伝子を強く受け継いでいる人はお酒に弱く、旧モンゴル系の縄文人の遺伝子を強く受け継いでいる人はお酒に強いということです。

縄文人がお酒に強い遺伝子を持っていたということは、お酒を飲んでいたということが分かります。そして、お酒を飲んでいたということは、お酒を作っていたことが推測されます。

農学博士で酒造史家の加藤百一氏が書いた「日本の酒5000年」(技報出版・1987年)という本によると、長野県にある縄文時代中期(約2000~10000年前)を中心とした井戸尻(いどじり)遺跡から発掘された「有孔鍔付き土器」にブドウの種子がついていたことから、「土器にヤマブドウを仕込んで果実酒を造っていたのではないか」と指摘しています。

以前、この場所に関連した映像を貼っていたのですが、その映像はすでに削除されていました。



「有孔鍔付土器」というのは、紀元前4000年から3000年頃(縄文中期)のもので、長野県諏訪郡富士見町の藤内遺跡群から出土した多くの土器のなかから、酒壷として使われていたと思われる高さ51cmの大型で膨らみのある「半人半蛙文 有孔鍔付土器」が発見されています。壺の広い口元には、発酵によって出るガスが抜ける穴が18個あいており、壷の中に山ぶどうの種子が付着していたのです。

弥生時代に大陸から流入してきた人たちが「お酒に弱い遺伝子」を持っていたということは、当時の大陸起源の人たちは、お酒を飲まなかったことが推定されます。よって、弥生時代に中国などからお酒と酒造技術が日本に初めて伝播したいう説自体を否定せざるをえません。

ですから、稲作をしていた縄文人がお米で縄文時代にすでに日本酒を作っていた可能性が強いのです。

大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を厚く敬った崇神天皇が神に捧げる御酒を造るために、高橋邑の活日(いくひ)を掌酒(さかひと)に任じ、大神への祭りが行われた後の酒宴で活日が御酒を天皇に捧げて以下のように詠んだことが知られています。

この神酒は わが神酒ならず やまとなす 大物主の 醸(か)みし神酒 幾久 幾久

この神酒は、わたしが造った神酒ではありません。やまとの国をお造りになった大物主大神さまが醸(お噛みになった)されたお酒です。幾世までも久しく栄えませ、栄えませ

高橋邑活日



酒

ここで非常に興味深いのが、「大物主という神(かみ)が酒を「かみ(醸み)」、酒を作った」と詠われていることです。「かみ」という言葉には、「先祖」や「リーダー」という意味がありますから、天皇の先祖の神が自ら「口噛み酒」を作ったことが伝承されているのがわかるのです。映画「君の名は」でも、神道の儀式の一環として「口噛み酒」が出てきて、物語の鍵となるエピソードとなっていましたね。

日本における「酒造り」の起源は、大陸ではなく日本にあった可能性が非常に強いことをを私たちは再認識しなければなりません。

参考文献
■国税庁 「あなたはお酒が強い人?弱い人?」
http://www.nta.go.jp/tokyo/shiraberu/sake/seminar/h19/02/02.htm
■九州大学 九州先史時代遺跡出土種子の年代的検討(平成14年度研究 プロジェクト報告)
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/2462/1/KJ00000697267.pdf#search=%27プラント+オパール+縄文%27
■四国新聞 縄文前期、イネ栽培か/プラントオパール大量に(2005年2月)
http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/article.aspx?id=20050218000428

過去記事
日本と世界を救うのは、稲作文化を背負った「むしろ職人」とその精神!
縄文時代前期、1万2000年前の稲作の痕跡が鹿児島から出土
縄文時代に、古代フェニキアと同じ染色技術「貝紫」が!
GHQが焚書で「日本とオリエント交流説」を隠滅した理由
何をすれば世界と日本の役に立つか
関連記事

コメント

非公開コメント

Siliconvalley

このサイトでの更新は終了しました。アメブロ「シリコンバレーから日本を想ふ日々」に移転しました。

https://ameblo.jp/sacredokinawa 

リンクフリー、拡散OKです。ただし、記事内の参考文献や根拠とした過去記事へのリンクも一緒に入れてくださるようお願いします。