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世界でも珍しい、日本人が持つ「和」の意識

日本人の真心が世界を救う
03 /14 2018
海外の人たちが驚く日本人の性質について。

鎌倉時代には、中国大陸から騎馬民族のモンゴル(元王朝)軍が二度に渡って日本を襲ってきました。「元寇(蒙古襲来)」です。その際に、モンゴル軍は、高麗(朝鮮半島)を支配して、船は高麗の人々に作らせました。

元寇絵

そして、モンゴル軍だけでなくて、高麗軍も一緒に壱岐島や肥前の沿岸に上陸してきたのです。壱岐では1000人以上の日本人が殺され、一部は拉致されました。

地元の女性たちは裸にされて、手に穴を開けられ、ロープで数珠繋ぎにされて戦の「盾」にされ、後に連れ去られました。

元寇絵画

…とその話は、歴史の教科書で私たちは習います。

だからと言って、その時の恨みを持ち続けるということは私たち日本人はしません。そのせいで、現在のモンゴル人や中国人、韓国人などに怒りを持つということはないです。

相撲で活躍しているモンゴル人は応援されていますよね。現在のモンゴル人に対して「お前ら、元寇やりやがって」なんていう現代の日本人はいない。

「鎌倉絵巻」には、元寇の時の様子が克明に描かれていますが、当時の元軍の兜や「てつはう(爆弾)」などが現在でも資料館などに残っています。また、あるお寺では、当時、亡くなった元軍のご遺骨が現在でも丁重に祀られています。

「敵軍のご遺骨を祀る」という感覚

が、海外では理解できないこともあるようです。

海外では、文化にもよると思いますが、敵の墓を荒したり死体を侮辱する場合も多かった。日本が鎌倉時代だった時には、世界では有色人種や小国の人々は家畜のように扱われ、負けた方は、奴隷にされるか虐殺されました。もちろん、家畜と同じ扱いでしたから、征服者にお墓を建ててもらったり、寺院などで祀られるということはありませんでした。 

日本の文化では、たとえ敵であっても、お亡くなりになった後は、お祀りしていました。

当時は、「二度と攻め込まれないように」という気持ちも込めて、そういった品々を保管していたということもあったかもしれませんが、相手を責める気持ちよりも、それは「外国の侵略に気を抜いてはならない」という自己への戒めでした。

防塁

こちらは、鎌倉時代に当時の「防人」たちが作った「元寇防塁」(石築地、いしついじ)と呼ばれる壁です。

過去の王朝や過去の人々と、「現在、そこに生きている人たちは、違う」というのが私たちの認識です。仮に、同じ民族の末裔だったとしても、その人たちに恨みを持ち続ける、という意識が日本人にはありません。

元寇のお菓子

こんなことも、お菓子の名前にしてしまうという、この余裕(笑)。

こういうお菓子は、日本ならではのものです。他の国だったら、そもそも侵略された後は命がありませんから、こうやってお菓子を作ることもできません。世界では、2000年以上前に持っていた土地を取り返して作った「イスラエル」という国があるくらいです。世界では、「過去を水に流す」ことができないし、しないことが誇りであるという民族が多いです。 

日本人が持つ、この「和」の意識は、世界でも珍しいものです。

​この「和」という類い稀な精神を持つ日本人の意識に誇りを持って、この精神を世界に発信し続けていかないといけないと思います。

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sacredokinawa

アメリカ西海岸(シリコンバレー)に住んでいます。♀です。海外に住んでみたら日本がもっともっと好きになりました。遠くから日本を見た方がよくわかることもあります。2016年からやっていたアメブロのサイトがサイバー攻撃で閲覧できないページが多くなったので、こちらに引っ越してきました。リンクフリー、コピペフリー、拡散OKです。ただし、記事内の参考文献や根拠とした過去記事へのリンクも一緒に入れてくださるようお願いします。